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断捨離とミニマリストと妊活と。

タイトルに妊活とありますが、無事に授かり出産。断捨離のこと、家計のこと、生活のこと、切迫早産のこと、そして子育てのこと、いろいろ綴っています。

母に想う

手伝いにきている母と、いろいろ話します。

そんな中、思ったあれこを書いてみます。

 
 
母と話していると、なんだか違和感を感じることもあって。
 
私が話したことに対して、時々「大丈夫だよ」と諭されるのです。でも私はただ話しただけで、不安や心配をしてたわけではなかった。だからその大丈夫、に違和感を感じていました。
 
母は私のことを「育児などに不安を抱えてる娘」という前提で見ているんだな〜。きっと。
 
ベビーが熱出した時は確かに心配と不安でいっぱいだったけど。
それ以外の日常では子育てについて不安や心配はしていないのです。
 
 
それから。
母はよく「可哀想」という言葉を使うことにもなんだかひっかかってしまった。
 
足が一本ない猫のテレビを見て可哀想といったり、先日のベビーの点滴跡を見ても可哀想と言ったり。でも、猫も赤ちゃんも自分の事を可哀想、とは思っていない。ただ生きているだけ。
猫も、赤ちゃんも、それを見て、頑張ったね、と感じる人もいるだろうし、そもそも何も思わない人もいる。
母が可哀想と言う事で、猫も赤ちゃんも、可哀想な不幸な存在にされてしまう。
 
あー、私はそうやって「可哀想」をたくさん浴びて育ってきたのだなーと思う。
母によって私は「可哀想な娘」として育てられた感じなのかな。
 
切迫で入院中も、「あともう少し我慢だね」との言葉にも引っかかった。私は我慢はしてなかった。確かに、制限のある生活だったけど、そこまで我慢は無く、限られた中でそれなりに穏やかに楽しく?入院していた。
 
母にとっては「入院して大変。我慢をしなければいけない娘」の前提があったのだろう。
 
大変なこと、イコール不幸ではない。
大変なこと、があっても本人は大変だと思っていない場合だってある。
 
でも、母にとっては大変なことはイコール不幸、みたいな前提や図式があって、
ことあるごとに、そのようなメッセージを浴びせてくる感じがする。
 
と、私なりの解釈なので、間違ってるかもしれないけど。
 
「大丈夫だよ」も「我慢」も言われて違和感だったし、少し嫌な気分だったな。
その場で言えばよかったのかな。
 
我慢、という言葉が出たのは、その時母が我慢してたからなのかな。
 
 
大学進学と共に家を出て、母のことを一人の人として観察したことはなかったんだな~と思う。今になって初めて向き合っている感じ。
昔の(高校生当時)私の母の記憶はなんだか、母に決めつけられている感じがして、何かが息苦しくて、とにかく家を出たい!と思っていたように思う。進学でどんなことをやりたいか、というより家を出たい!という目的の方が大きかったように思う。
私は典型的ないい子症候群で、親や先生の顔色をうかがい、母や先生の求めているようにふるまった。でもそれは自分自身ではなくて。それがなんだか苦しかったけれど、どうしていいのかわからず、「進学と共に家を出る」というのがその当時、私の選べる道だった。
 
だから、ようやく今、「自分自身」として母と向き合うことが出来ているのかもしれない。
まだ、母に対する想いはハッキリ、スッキリ、パッカーンしてないけど、なんだか少しわかってきたような、近くまできているような気はする。もう少し考えてみよう。